こんにちは。心に届く手紙屋さんです。
5月の第三日曜日は母の日。例年、テレビやお店では盛んに母の日をアピールし、ギフトの販促を狙う。
夫は前日、母の日バージョンのかわいらしいケーキを買って来てくれた。
母の日の夜、「うちの子たちからは音沙汰ないんだなあ」と諦めて寝ようとしていたところ、
長男から「ずっと元気でいてください!いつもありがとうございます」のメッセージを沿え、スシローのLineギフト
が届いた。ミュージシャンをしている彼にとって大変な出費だろうと思いつつ、「あの子は優しいなあ」と気に
掛けてもらったことがうれしい。
一方、ナシのつぶての長女に一泡吹かせようと「母の日にスシローのギフトをもらいました」とラインした。
すると、「母の日おめでとうだったね、いつまでも元気でね!」と返ってきた。聞けば、看護師の娘は忙しく、
さらに息子のサッカーのサポートでテレビも見ないし、母の日がいつかわからなかったという。
私は母の日がいつか知らない人がこの世に存在することを驚きつつ、そんな娘に育て上げた私の罪深さ?を
嘆いた。
それにしても小学生の時、母の顔を描かされたり、お手伝い券を作ったりして「母の日」をたたき込まれたは
ずではなかったか。
それでも「親不孝な娘を持ってかわいそう、そのうち魚でも送るね」との優しい言葉にほだされ、ようやく気持
ちがほぐれた。
後日、周りの人に母の日について聞いてみると「電話でありがとうだったよ」。「誕生日が近いから一緒にだ
ね」、「とくに何もなかった」とか。
それを聞いて、気持ちが軽くなった、そして自分があまりに期待しすぎていた気がしてきた。
振り返ってみると、私自身、亡くなった母に毎年母の日にプレゼントを贈っていただろうか。
母は4月30日が誕生日だったから、母の日と一緒にしたことも多かっただろう。
気持ちに余裕なく、電話もしないこともあったに違いない。
そんな時、母はきっと寂しかったに違いないが、母は責めたり、嘆いたりすることは一度もなかった。
因果応報、自分がかつて行った行為が、自分に還ってくることをあらためて感じる。
子どもたちは自分たちの人生を歩んでいるのだから、親のことを忘れてしまうことも多々あるだろうし、
それは成長の証、親離れして独立しているのだから、それでよいのだと思う。
子どもが幼い頃、自分が思うように子育てがいかないと「私だって、親として生まれてきたんじゃない」と
心の中で思ったり、口に出したりしていた。
一生かけてだんだん親になっていく。
子どもとの接し方もその時々に変化していく。今は幸せを祈ったり、遠くから見守ったりするのが自分たちが
できることなのだろう。
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